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横浜地方裁判所 昭和49年(行ウ)21号 判決

原告 居関食品株式会社

被告 神奈川税務署長

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和四六年一二月二五日付で原告の昭和四四年四月一日から同四五年三月三一日までの事業年度(以下、本件事業年度という)の法人税および無申告加算税を賦課する処分(以下、本件処分という)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  被告は昭和四六年一二月二五日付で原告の本件事業年度分の法人税につき、課税所得金額三〇四万二七七円、法人税額八五万四〇〇〇円、無申告加算税八万五四〇〇円とする各課税処分をした。

2  そこで、原告は昭和四七年二月一八日、被告に対し異議申立をしたところ、被告が同年五月一二日付でこれを棄却する旨の決定をした。原告は更に同年五月二七日、東京国税不服審判所に対し審査請求をしたが、三か月以上経過してもこれに対する裁決がなかつた。

3  しかしながら、本件各処分には次の点に違法がある。即ち、

(一) 建物の取得価額について

(1) 別紙物件目録記載の建物(以下、本件建物という)はもと訴外居関糸子、同居関英二、同居関征四郎、同居関千代子らの共有に属し、原告がこれを賃借して営業の用に供していたものであるが、原告の債権者に担保として提供されていたため、抵当権の実行による競売の結果、昭和四三年一〇月一八日、訴外日下部勇ほか二名が共同で競落し、その所有に帰するところとなつた。その後、原告は、日下部らから執拗に本件建物の明渡しを迫られたので、止むなくこれを買い取ることにし、昭和四三年一二月一八日、一旦売買契約を締結したが、代金の支払を怠つたため取り消され、昭和四四年五月一二日、再度売買契約を締結し、便宜上、同日付で訴外居関征四郎、居関千代子、居関英二の名義で所有権移転登記請求権保全の仮登記を経由し、同年七月一九日付でその本登記を経由したうえ、同年一〇月四日付で原告への所有権移転登記を経由した。

(2) 原告が本件建物の取得に要した総費用は金七二四万四八七〇円であり、その内訳は次のとおりである。

(イ) 第一回目の売買契約の不履行による違約金一〇〇万円

(ロ) 第二回目の売買契約の代金六〇七万六〇〇〇円

(ハ) 取得課税金五万三九〇〇円

(ニ) 公正証書作成費その他諸掛金一一万四九七〇円

(3) ところで、法人税法施行令五四条一項一号は、購入した減価償却資産の取得価額について、(イ)当該資産の購入代価(引取運賃、荷役費、運送保険料、購入手数料、関税、その他当該資産の購入のために要した費用額がある場合にはその費用の額を加算した額)、(ロ)当該資産を事業の用に供するために直接要した費用の額の合計額をもつて当該資産の取得価額とする旨を規定しているが、本件のように、建物の賃借人が当該建物を居抜きのままで購入した場合には、建物の引渡しもしくは明渡しはもとより、これを事業の用に供するためにも特別の措置をとる必要はなく、単に不動産登記簿上の所有名義を変更するための手続をすれば足りるのである。したがつて、このような場合には、買主は当該建物を家屋課税台帳に記載された価額で購入したと解するのが相当であり、これが当該建物の取得価額となる。これを本件についてみるに、前記のとおり、原告が本件建物を取得するために要した総費用は金七二四万四八七〇円であるが、家屋課税台帳に記載された本件建物の価額は金八八万一〇〇円であるから、その取得価額はこれと同額とすべきであり、右総費用のうちこれを超える分金六三六万三八七〇円は原告の本件事業年度の法人税額等の計算上損金として取り扱うのが相当である。しかるに、被告はこれを損金として認めず、本件各処分において本件事業年度の原告の所得を金三〇四万二七七円と認定した。したがつて、被告が右金額を損金として認めなかつたのは違法であり、これが損金として認められれば、本件事業年度における原告の営業成績は金三三二万三五九三円の欠損となる筋合である。

(二) 設備機械等の減価償却費について

本件各処分において、被告が本件事業年度の原告の所得金額を金三〇四万二七七円と認定したことは前記のとおりであるが、本件各処分に当り、被告は原告の設備機械等の減価償却費を当該事業年度の損金として認めなかつた。しかし、原告は食品の製造販売を業とする株式会社であり、その製品の製造に要する設備機械および原材料、製品等を輸送するための車輛はいずれも減価償却資産であるから、これらの資産については企業会計上各事業年度ごとに相当の減価償却がなされるべきであるところ、原告の本件事業年度分の損益計算書には減価償却費として設備機械につき金五九万四七〇〇円、車輛につき金七一万九三二円、計金一三〇万五六三一円が計上されている。したがつて、本件各処分に当り、被告がこれを本件事業年度の損金として認めなかつたのは違法であり、前記の差額金とともにこれが損金として認められれば、本件事業年度における原告の営業成績は金四六二万九二二四円の欠損となる筋合である。

よつて、原告は被告に対し本件各処分の取り消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否および主張

(請求原因に対する認否)

1 請求原否第1項および第2項の事実は認める。

2 同第3項中、(一)の事実のうち、(1)および(2)は不知、(3)は争う。

(二)の事実のうち、本件各処分に当り、被告が原告主張の金額の減価償却を本件事業年度の損金として認めなかつたことは認めるが、その余は争う。

(被告の主張)

1 原告は所定の期限までに本件事業年度の法人税額等につき確定申告を提出しなかつた。そこで、被告は独自に調査を遂げ、その結果に基づいて原告の課税所得金額等を決定したのであり、その課税所得金額の計算根拠を示せば次のとおりである。

(イ) 売上金額 金三七五七万六六七二円

(ロ) 売上原価 金一九五一万四〇九八円

(ハ) 売上利益((イ)―(ロ)) 金一八〇六万二五七四円

(ニ) 営業経費 金一二四二万六一七四円

(ホ) 営業利益((ハ)―(ニ)) 金五六三万六四〇〇円

(ヘ) 支払利息 金一九二万九二三円

(ト) 賃貸料  金六万円

(チ) 売却損  金六一万五二〇〇円

(リ) 課税所得金額((ホ)―(ヘ)―(ト)―(チ)) 金三〇四万二七七円

2 一般に減価償却資産の取得価額は、取得した資産が賃借中のものであると否とにかかわらず法人税法施行令五四条の規定に基づいて定められるのであつて、この規定は、企業会計におけるいわゆる取得原価主義の立場に立つて減価償却資産の取得価額は取得に要した一切の費用をもつて構成される旨を定めている。したがつて、原告がその主張のように本件建物の取得のために金七二四万四八七〇円を要したのであれば、その全額が本件建物の取得価額となるのであつて、固定資産税課税価額がその取得価額となるものではない。けだし、右費用額は、原告がその営業のために本件建物を購入する必要上支出された、いわゆる資本的支出であり、単に本件事業年度の営業収益のみに対応する一般営業経費とは異なるものであるから、その一部を本件事業年度の一時の損金とすべきものではなく、本件建物が使用されるべき期間に応じて順次損金に計上されるべきものだからである。もつとも、右費用額は本件建物の固定資産税価額と対比しその八倍を超えるが、右課税価額そのものがかならずしも本件建物の取引価額を示すものでない以上右費用額をもつて本件建物の取得価額としてもこれを過大評価したことにはならない。また、仮りに右費用額が時価に比較して高額であつたとしても、買主にとつて当該建物を取得する必要性が大きれば大きい程その通常の取引価額を超える価格で売買が行なわれることは一般にみられるところである。本件の場合、原告は現に本件建物において営業をしており、これを取得する必要性が大きかつたことおよび本件建物の競落人である訴外日下部勇らからその明渡しを執拗に迫られて止むなくこれを買い取ることになつた経緯に徴すれば、その取得に要する費用が高額となるのは自然の成行であり、異とするに足りない。

3 企業会計において損益計算上減価償却資産につき適正に減価償却を行なうことは必要であり、法人の減価償却は本来損金の額に算入されるべきものであるが、減価償却を法人の恣意にゆだねると課税の公平が期せられないおそれがあるため、法人税法三一条一項は、これに規制を加え、減価償却費として、税務計算上損金経理が許容されるのはその法人が当該事業年度においてその償却費として損金経理をした金額のうち、その法人が選定した償却の方法にもとづき計算した金額に達するまでの金額とする旨を規定している。したがつて、法人が減価償却費として損金経理しないのに税務当局が進んでこれを行なうことは認められないし、また、法人が何程の減価償却をすべきかについてもそこまで介入することもないのである。税務当局はつねに法人が損金経理を行なつた減価償却費の額の上に立つて課税所得の計算上損金の額に算入すべき減価償却費の金額の判定をすれば足りるのである。右の損金経理とは、法人がその確定した決算において費用または損失として経理することをいう(法人税法二条二六号)のであるが、この損金経理の有無が当該法人に減価償却資産の償却費を当該事業年度の費用とする意志があつたかどうかを確認する基準になるのである。また、右償却限度額の計算の対象となる減価償却資産は、各事業年度終了の時における確定した決算にもとづく貸借対照表に計上されているものおよびその他の資産でその取得価額を償却費として損金経理したものに限る(法人税法施行令五八条一項かつこ書)こととされている。ところが、原告は、本件事業年度の確定申告をなさず、減価償却に関する明細書の添付(法人税法施行令六三条一項)もなく、また、被告が調査した際決算書さえ作成していなかつたのであるから、原告が損金経理をしなかつた減価償却費について被告が原告の所得金額の計算上損金として算入しなかつたとしてもなんら違法ではない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第1項および第2項の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各処分につき原告主張の違法が認められるか否かについて判断する。

1  建物の取得価額について

原告が食品の製造販売を業とする株式会社であること、本件建物は、原告がその営業のために賃借して使用中、売買によつて取得し、引続きこれを営業の用に供しているものであることは弁論の全趣旨に徴して明らかである。これによれば、本件建物は法人税施行令一三条の減価償資産に該当するので、その取得のために要した費用は資本的支出であつて取得時の事業年度の損金に算入されるのではない。

減価償却資産の取得価額について、法人税法施行令五四条一項一号は、(イ)当該資産の購入代価(引取運賃、荷役費、運送保険料、購入手数料、関税、その他当該資産の購入のために要した費用額がある場合にはその費用を加算した額)、(ロ)当該資産を事業の用に供するために直接要した費用の合計額をもつてその取得価額とする旨を規定しているが、その趣旨は、企業会計におけるいわゆる取得原価主義の立場から当該資産の取得のために現実に要した費用はすべて当該資産の取得価額を構成するとするところにあることは明らかである。本件において、原告は、本件建物の取得のために金七二四万四八七〇円を要したというのであるから、右費用額が本件建物の取得価額となることは同法条の趣旨に照らして明白であり、このことは原告が本件建物を賃借して使用中であつたと否とによつて何ら異なるところではない。

もつとも、成立に争いのない甲第一〇号証によれば、昭和四二年度の本件建物の家屋課税台帳(固定資産税課税台帳)記載の価額は金八八万一〇〇〇円であることが認められるが、右台帳記載の価額は固定資産税の課税標準とするため神奈川県知事が所定の基準にしたがつて一般に正常な条件のもとにおいて本件建物を評価して定めた価額であつて、かならずしも原告の主張するような特殊の条件のもとになされた取引価額と符合するものではないから、右価額をもつて本件建物の取得価額とする合理的理由を見出すことはできない。

また、原告が損金として主張する金六三万三八七〇円は本件建物の取得価額を構成するものとして減価償却の方法により本件建物が営業のために使用される期間中各事業年度ごとに順次償却されていくものというべきである。

2  設備機械等の減価償却費について

原告が所定の期限までに本件事業年度分の法人税額等につき確定申告書を提出しなかつたので、被告が独自の調査に基づき本件各処分に及んだことは弁論の全趣旨によつて明らかであり、本件各処分に当り、被告が原告主張の金額の減価償却費を本件事業年度の損金として認めなかつたことは当事者間に争いがない。しかしながら、減価償却資産について減価償却を実施するか否か、減価償却について如何なる方法を採用するかは法定の範囲で当該法人の自主的判断にまかされているものと解されるところ(法人税法三一条)、弁論の全趣旨によると、原告は本件事業年度の法人税額等につき確定申告書およびその添付書類である減価償却に関する明細書を提出していなかつたことはもとより、本件事業年度の終了時における確定した決算に基づく貸借対照表に減価償却資産として計上せず、あるいは右調査時において、原告はその他の財務諸表においてもこれが償却費の損金経理をしていなかつたことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。

右事実に鑑みると、被告が原告主張の金額の減価償却費を考慮しないで本件事業年度の原告の所得金額を算出したことをもつて本件各処分を違法とすることはできない。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎 大塚一郎 森真二)

別紙〈省略〉

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